「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」は、社会のサステナビリティを企業の経営方針に反映させて、事業の持続可能性を高めるための取り組みです。近年ではSDGsやESGなどの概念の浸透により、企業にも社会や環境の課題への貢献が求められるようになりました。そのため、SXは企業経営の根幹をなす要素になりつつあります。
しかし、SXが具体的にどのような概念で、どんな取り組みを実施すべきか分からないこともあるでしょう。そこで本記事では、SXの意味や重要性について解説したうえで、代表的な取り組み事例について紹介します。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは
SXとは、「Sustainability Transformation(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」の略称です。
SXは企業と社会のサステナビリティ(持続可能性)の両立を目指す概念で、経済産業省が開催した「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」により、2020年に提唱されました。
SXのサステナビリティには、「企業のサステナビリティ」と「社会のサステナビリティ」という2つの観点があることがポイントです。
企業のサステナビリティとは、環境や経済に配慮しながら事業を中長期的に発展させるという考え方を指します。企業のサステナビリティを実現するには、業界における現時点での優位性を追い求めるだけではなく、将来にわたって長期的に成長し続けるための取り組みを構築する必要があります。
一方で社会のサステナビリティは、気候変動や感染症の流行、戦争・紛争などのイレギュラーな事態に備えて、持続的に発展できる社会を構築することを指します。
また、SXは類似する概念の影響を受けています。特に次のポイントについて理解しておくと、SXに関する知識がより深まるでしょう。
- SXとSDGsの関係
- SXとDXの関係
- SXとGXの関係
SXとSDGsの関係
「SDGs(Sustainable Development Goals)」は持続可能な開発目標を意味し、2015年の国連サミットで採択されました。持続可能でより良い社会・環境を2030年までに実現するために、17のゴールと169のターゲットが設定されています。
SDGsとSXは、どちらもサステナブルな世界の実現を目指すという点で同じです。SXはSDGsを実現するために、企業が行うべき「変革(トランスフォーメーション)」だといえるでしょう。
SXとDXの関係
DXは「Digital Transformation(デジタル・トランスフォーメーション)」の略称です。新たなビジネスモデルや価値を創出するために、AIやビッグデータなどのIT技術を活用する取り組みを指します。一方でSXは、ビジネスの持続可能性を高めるために、社会や環境に配慮した取り組みです。
一見すると両者はまったく異なる概念ですが、実はSXの実現にはDXが欠かせません。例えば、自社の温室効果ガス排出量を削減したい場合は、IT技術を活用した効率化が役立ちます。そのためSXを実現するためには、DXの概念も取り入れた経営戦略が必要となります。
SXとGXの関係
GXは「Green Transformation(グリーン・トランスフォーメーション)」の略称です。温室効果ガスを発生させる化石燃料の使用を削減し、太陽光発電のような「持続可能なエネルギー(クリーンエネルギー)」中心の産業・社会への変革を目指す取り組みです。
世界では2050年にカーボンニュートラル、つまり温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目標としており、日本も2020年にカーボンニュートラル実現を宣言しました。SXを実現するための手法のひとつがクリーンエネルギーの使用なので、SXとGXには密接な関係があるといえるでしょう。
SXが注目される背景と重要性
SXが世界で注目されるようになった背景として、次のようなものが挙げられます。
- 世界情勢が大きく変化したため
- ESG投資が浸透し始めたため
- 多様性が重視されているため
- 企業のブランディングのため
以上の4つについて、詳しく解説していきます。
世界情勢が大きく変化したため
近年では世界情勢の変動が激しくなっています。気候変動による自然災害や食糧危機のほかに、感染症によるパンデミックや紛争・戦争の勃発など、私たちの生活の基盤となる社会システムを激変させるような出来事が頻発するようになりました。
こうした課題の解決に貢献できる活動を企業が行うことで、社会や環境のサステナビリティが向上し、原料不足や価格高騰による経営不振などの経営リスクを軽減できます。つまり、自社の利潤だけではなくSXを追求することで、自社事業の持続可能性も向上するということです。
ESG投資が浸透し始めたため
「ESG投資」という概念が浸透したことも、SXが重要視される契機となりました。ESG投資は、企業成長に欠かせない「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」に配慮した企業に、優先して投資すべきという概念です。
自社の利潤ばかり追求する企業は、短期的な経営指標は良好だとしても、前述した事業の持続可能性という点で長期的にリスクを抱えています。企業がSXに取り組むことで、自社の長期的な企業価値をステークホルダーに表明できるのです。
多様性が重視されているため
企業活動を支える重要な要素が「人的資本」です。人的資本を軽視する企業は、事業の持続可能性という点でリスクがあるため、投資家は離れてしまいます。例えば、違法残業やハラスメントなどが横行している企業からは徐々に人材が離れていき、事業活動が困難になるでしょう。
従業員を大切にして持続的な企業価値の向上を目指す経営方針を「人的資本経営」と呼びます。一人ひとりの多様性を尊重した適切な人的資本投資を行うことで、従業員の意識やエンゲージメントが高まります。そのため、SXの一環として人的資本経営に取り組む企業が増えています。
企業のブランディングのため
SDGsやESGと同じく、「CSR(企業の社会的責任)」も注目されています。企業は社会や環境に配慮して、ステークホルダーに責任ある行動を取るべきとする概念です。
投資家はもちろん一般消費者も、企業に厳しい目を向けるようになりました。SNSが発達した現在では、問題ある企業の情報はすぐに拡散され、企業イメージや信頼が失墜してしまいます。
企業がSXに取り組み、社会・環境問題の解決に積極的な姿勢を示すことで、「優良企業」というイメージが世間に浸透します。結果的に企業価値を高め、ビジネスチャンスの拡大も見込めるでしょう。
SXの実現には「ダイナミックケイパビリティ」が必要
企業がSXを実現するためには、「ダイナミックケイパビリティ」が欠かせません。ダイナミックケイパビリティとは、社会や環境の変化に合わせて組織を変革する能力のことで、政府が公表した「2023年版ものづくり白書」では次のように定義されています。
「脅威や危機を早期に感知し、機会を捉えて既存の資産や技術を再構成し、競争力を持続的なものにするために組織全体を変容する企業変革力」
(引用元:2023年版ものづくり白書)
ダイナミックケイパビリティは、次の3つの要素から構成されています。各要素の役割や必要とされる能力について見ていきましょう。
- 変化を感知する「感知力(Sensing)」
- 機会を捕捉する「捕捉力(Seizing)」
- 組織を変革する「変革力(Transforming)」
変化を感知する「感知力(Sensing)」
「感知力(Sensing)」は、社会情勢・顧客ニーズ・競合他社の動向など、自社を取り巻くビジネス環境の変化を察知する能力です。変化に柔軟に対応できる組織をつくるためには、そもそも「何が変わったか」を認識しなければなりません。
企業の感知力を高めるためには、常に情報収集を欠かさず、組織内で情報を共有できる体制の構築が必要です。そのうえで、組織を変革させるべき状況かどうかを客観的に分析するスキルも求められます。DXやシステム導入が組織の感知力をサポートしてくれるでしょう。
機会を捕捉する「捕捉力(Seizing)」
「捕捉力(Seizing)」は、適切なタイミングで自社の経営資源を再編成し、競争力を高める機会を捉える能力です。既存事業ばかりに経営資源を活用していると、環境の変化に対応できず競合他社に遅れを取ります。また、変革は機が熟したタイミングで行わなければ、十分な効果が得られません。
そのため、前述した感知力で変革の必要性を見極め、状況に応じて自社が保有する資産・知識・技術を再構成できる能力が必要です。自社単独で対応できない場合は、取引先やサプライヤーなども巻き込んで、組織全体のあり方を見直す必要もあるでしょう。
組織を変革する「変革力(Transforming)」
「変革力(Transforming)」は、理想的な姿になるために組織を刷新する能力です。自社がこれまでに獲得した経営資源・競争力・強みを活かしながら、さらなる成長を達成することが大切です。状況に応じてフレキシブルに組織を再編したり、社内の方針・ルールなどを変更したりする能力が求められます。
SXに取り組むときに意識すべきポイント
企業がSXに取り組むときは、次のようなポイントを意識して進めましょう。
- 自社が目指す将来像を明確化する
- 長期的に企業価値を生み出す戦略を立てる
- リスクに対処できる経営体制を構築する
- KPIの設定とガバナンスの整備を行う
自社が目指す将来像を明確化する
SXに取り組む際は、まず社会のサステナビリティを踏まえて、自社が目指す将来像を明確化することが大切です。前述したように、SXには「社会のサステナビリティ」と「企業のサステナビリティ」の2つの要素があり、これらをリンクさせなければ成果が得られないからです。
そのためには「自社がどう成長したいか」だけではなく、社会の現状を踏まえたリスク・機会を把握することが大切です。自社がどのように動けば社会や環境に寄与できるか、どのような価値を継続的に提供できるかを検討することで、「将来あるべき姿」が見えてくるでしょう。
長期的に企業価値を生み出す戦略を立てる
自社のダイナミックケイパビリティを高めてSXを達成するためには、長期的な視点で取り組む必要があります。長期的な企業価値を生み出すためには、前述した「目指す将来像」を踏まえて、その基盤となるビジネスモデルの変革が求められます。ビジネスモデルの変革には、DXの概念が役立つでしょう。
リスクに対処できる経営体制を構築する
SXは「リスクに柔軟に対処できる経営」を目指すものなので、社会や環境の変化を見極めて、あらゆるリスクを想定したシナリオを作成しておくことが大切です。
例えば、コロナ禍では多くの企業がビジネスモデルや働き方の変革を余儀なくされました。しかし、早くからリスクに対応できていた一部の企業は、パンデミックの影響を最小限に抑えることができました。先行きが見えにくい時代だからこそ、改めて自社の事業を見直し、持続的な視点が欠けていないか確認してみましょう。
ただし、どうしてもリスクが避けられないこともあるため、どのような危機に直面しても立ち直る能力、すなわち「レジリエンス」を強化することも重要です。投資家や社員などステークホルダーとの丁寧な対話を通して信頼関係を構築しておくことで、万が一のリスクにも対処しやすくなるでしょう。
KPIの設定とガバナンスの整備を行う
SXは継続的な取り組みが必要ですが、長期的な観点だけでは目標達成までの行動が曖昧になります。そのため、短期的・中期的な行動目標である「KPI(重要業績評価指標)」を設定することが大切です。
また、SXは経営陣の意思だけではなく、組織一丸で取り組まなければ達成できません。特に現場の従業員の協力が欠かせないので、「なぜSXを進めるのか」「どんな価値を生み出せるか」などを分かりやすく説明し、全体の意識を高めてもらいましょう。
世界的な企業のSX取り組み事例
SXの概要や実施ポイントについて解説しましたが、具体的にどのような活動がSXに該当するかイメージしづらいかもしれません。そこで世界的な企業のSX事例を紹介します。
- トヨタ自動車株式会社:独自のリスク分析で世界をリード
- Apple:サプライチェーン全体でカーボンニュートラルを目指す
- 日本電信電話株式会社:リモートワーク拡充で多様性を推進
トヨタ自動車株式会社:独自のリスク分析で世界をリード
トヨタ自動車株式会社は、世界各国が「EV化」を目指すなかで、あえて「水素エンジン」の開発を推進しています。それは同社がEV化のリスクを的確に分析したこと、雇用やエンジン製造技術の保護が重要だと判断したことが理由です。
同社が世界をリードする自動車メーカーであり続け、今なお競争力を高め続けているのは、社会の流れを踏まえたリスク管理と変革ができているからです。
参考:トヨタ自動車株式会社
Apple:サプライチェーン全体でカーボンニュートラルを目指す
アップル社は「完全循環型リサイクル」を目指しています。すべての製品とパッケージをリサイクル素材で作り、スマートフォンの原材料を永続的に確保し、ブランド価値をさらに高めるための戦略です。
さらに、同社は2030年までにサプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成を掲げるなど、積極的にSXへの取り組みを進めています。
参考:製品全体で再生素材の利用を拡大、グローバルサプライチェーンに対して2030年までに脱炭素化することを要請
日本電信電話株式会社:リモートワーク拡充で多様性を推進
日本電信電話株式会社(NTT)は、SDGsの3つのテーマに対して、9つのチャレンジと30のアクティビティを設定し、サステナブルな活動を推進しています。また、2021年度に新しい経営方針を発表し、リモートワークやサテライトオフィスの拡充を進めています。
SXを取り入れて企業の競争力を持続的に高めよう
世界情勢の激変やESG投資の広がりなどを背景に、SXの重要性が高まっています。社会・環境の変化やリスクに対応し、自社ビジネスの持続可能性を高めるために、SXの推進は必須と言っても過言ではありません。
まずは外部環境の変化を感知し、柔軟に対応できるダイナミックケイパビリティを身につけ、自社にできる範囲でSXに取り組んでみましょう。
SDGs/ESGの推進に向けて、
サステナビリティコンサルタントが取り組みを分析し、
改善施策をご提案
コンサルティングでは、SDGs/ESGの推進に向けてサステナビリティコンサルタントが伴走し、課題解決に向けて研修・事例収集・アクションプラン提案などを実施。SDGS/ESGに取り組んでいるものの、どこから手を付けたらいいか分からないとお困りの方や、診断結果を具体的なアクションに落とし込みたい方にも、ご活用いただけます。